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世の中ギスギスと、殺伐としてきた。 最近のニュースを見ていると、親殺し子殺しから、兄弟・祖父母・孫・隣人・通りがかり誰でもいいから殺すとか、もうめちゃくちゃである。 先日のニュースで、32歳の運転手が通りがかりの子どもが指を差したのでバカにされたと思い、Uターンして殺そうと思い子どもの列へ突っ込んだという。 アパートの2軒隣の男が、待ち伏せして女性を殺し、報道陣に何食わぬ顔をしてぺらぺらとしゃべっているのがテレビに出ていた。 自分の産んだ子どもを育てれない、育てたくないと言って、何とかという箱へ入れる、こんな話ばかりが連日の如くである。 (あぁー) ところで、話は変わるが、小泉改革と称するものはいったい何だったのだろう。社会に勝ち組と負け組を作る改革だったことは間違いないようだ。どんどん規制緩和し市場原理主義、結果の数値こそ一番わかりやすいという成果主義によって非情なまでに互いを競わせる。政治、経済、自治、教育、社会のあらゆる分野に競争原理を導入することにより世の中が良くなっていくというのだ。これが小泉改革のようだった。 小泉時代を振り返ってみよう。 時代の申し子のように、額に汗もかかないでマネーゲームでのし上がったチャラチャラした若い拝金主義者が一時テレビを賑わせたことがあった。そんなものにはやがて天罰が下るといったのは中日の星野監督であった。 労働者派遣の規制緩和で不正規労働者が増え、生活の不安定な若者が大量に増えた。 合併特例債をちらつかせて、無理矢理としか思えぬ市町村合併が全国的に展開された。 教育界も市場原理が侵入した。学校どおし、先生どおしを競わせるという生徒不在の教育界。ついでに、これに呼応する如く教員の仰天するような不祥事が続出している。 郵政民営化で世間を劇場化し、政治をワイドショーのネタにしてしまった。愚かな国民は(わたしも)これに簡単に踊らされてしまった。 「国家の品格」のいうように、主権在マスコミである。郵政民営化で、何がよくなったのかさっぱり分からない。遅配はあるし、郵便局が減り続けているというではないか。地方の郵便局へ行くと、小さな一つ屋根の下で、制服の違う別会社の職員が数人づついて笑ってしまう。 郵政民営化国会騒動のとき、国家を背負っているはずの政治家連中は醜態をさらけ出し、本当にみっともなかった。何が「刺客」か。 後期高齢者(?何という非人間的な言葉)の保険料年金天引きも小泉時代に強行したものだそうだ。終末期の患者に対し、あなたはこれ以上治療を望みますか、と言うアンケートをとるのだという。 人の心が渇いてきた。薄っぺらな短絡主義である。デジタル人間が増えてきた。1か0の、どっちか、だけの世の中である。ゲーム感覚がはびこり、人の命も自分の命も軽くなってきた。 なんだか、小泉改革がもたらした社会現象のように見えてしまうのだが、言い過ぎだろうか。 家族の愛、隣人の助け合い、友情、惻隠の情、「お金よりももっと大切なものがあるよ」「人の道を踏み外すとお天道様が見ているよ」、こんな日本はどこへいってしまったのだろう。 |
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